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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)8号 判決 1973年1月25日

熊本硅砂こと池田正光

訴訟承継人

控訴人

株式会社熊本硅砂鉱業

右代理人

岩崎光太郎

外一名

被控訴人

有限会社築山商会

右代理人

井上允

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一承継前の控訴人池田正光が東田国夫から同人が昭和四三年熊本県試掘権登録第七六九九号をもつて登録済の熊本県玉名郡菊水町のけい石、長石の試掘権を昭和四三年八月七日譲り受け、控訴人が右池田正光から昭和四五年五月二五日右試掘権を譲り受けたこと、被控訴人が本件仮処分決定を受けるまで右鉱区内である原判決別紙図面表示の4万2,138.22平方米の地域である本件係争区域内に立入り、土砂の採取および搬出をしていたことは、当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件係争区域内にいわゆる法定鉱物であるけい石、長石が存在するかについてみることとする。

<証拠>によれば、本件係争区域内に賦存するけい石は通産省の鉱業法第三条のけい石の定義についての昭和三一年四月一〇日鉱第二〇二号通達別表の火成作用によらないけい石で地層の一部をなして賦存する山けい砂で基準品位七〇パーセント以上を有するものとして、法定鉱物ということができ、また、本件係争区域内には法定鉱物である長石も半花崗岩(アプライト)として脈状をなして賦存していることを認めることができる。

<証拠判断・省略>

したがつて、本件係争区域内のけい石が火成作用によるとした控訴人の自白は真実に反するものであり、特別の事情が存することが認められないので、錯誤に基づくものというべきであるから、その撤回は有効である。

さらに、乙第三五号証の一、第三六号証の一、当審証人岡村宏の証言の一部によれば、本件係争区域内のけい石は前記通達2の(5)にいう凝固し岩石状をなして完全に地層の一部を形成している点に疑問がないでもないが、前記証拠によれば、一応前記のとおり認定される。

よつて、控訴人に所属する本件鉱業権の鉱区内に決定鉱物であるけい石、長石が存在するものというべきである。

三したがつて、控訴訴人は、本件鉱業権(試掘権)に基づいて、他人がその鉱区内において法定鉱物であるけい石、長石を掘採するときは、その妨害排除や損害賠償を請求しうるものというべきである。

そして、本件鉱業権者である控訴人の権利が採掘権ではなく試掘権であるとしても、また、鉱業権者が他人所有地の地表を使用するには、その所有権または使用権を取得しなければならないことは勿論であるが、控訴人が本件鉱区内の土地の所有権または使用権を取得していないにしても、右妨害排除および損害賠償の請求権を有するものと解すべきことは、鉱業権が物権とみなされる以上当然のことである。

ただ、後記のとおり、その鉱業権が試掘権に過ぎないことは、鉱業権と他の権利との調整を考える際の事情として考慮すべきであり、鉱業権者が鉱区内の土地の所有権または使用権を取得していないときは、鉱業権と土地の所有権または使用権の調整によつて解決すべきである。

四ところで、<証拠>によれば、被控訴人は、昭和四三年八月一日控訴人の本件鉱区内である本件係争区域を採取場として花崗岩(実際はその風化した真砂土)の採石事業を開始し、四月三日付福岡通産局長から採石法に基づく採石業着手届の受理通知を受け、おそくとも昭和四四年一月一〇日までに本件係争区域内の土地所有者全員との間に、右土地所有者としてはその所有土地を桑園に造成するため、被控訴人としてはその事業である真砂採取販売のため、その土地の表土である土砂を付近を走つている県道並みの高さまで採取して整地することを条件に売買する旨の契約を締結し、その採取土砂を道路公団発注の九州縦貫高速道路工事の路床用真砂として採取搬出しており、本件仮処分決定当時は毎日五瓩積みトラック約一五〇台分の土砂を採取搬出していたこと、そして、被控訴人の右土砂搬出により本件鉱区内のけい石、長石も掘採搬出される結果になつていたことを認めることができる。

したがつて、被控訴人の右土砂の採取は、鉱業を目的とするものではないが、これにより控訴人の本件鉱区内の法定鉱物たるけい石、長石が掘採され、控訴人の鉱業権が侵害されることになるが、一方、被控訴人の右土砂の採取も、土砂所有者から買い受けた表土の所有権に基き採石法による採石業としてなす行為である。

このような場合、被控訴人に表土所有権のあること、採石法第四条以下によれば採石権も設定すれば物権として取扱われること、採石法第三四条(砂利採取法第三〇条も同趣旨。)に、採石業を行う土地の区域と鉱区とが重複する場合の調整方法としてその事業について鉱業権者と採石業者とは互に協議することができ、協議不能または不調のときは通産局長の決定を申請しその決定を協議に代るものとする旨の規定のあること等に鑑みると、控訴人主張のように鉱業権の侵害となる行為は一切これを許さないと解するのは相当でなく、また、被控訴人主張のように鉱業を目的とするものでない限り土地所有権に基く行為は許されると解するのも相当でない。

そして、右協議の成立または右通産局長の決定がないときは、鉱業権者である控訴人の権利と表土所有権者兼採石業者である被控訴人の権利の調整は、その社会的有用性ないし公益貢献度を比較して、そのいずれが優れているかにより決すべきものと解するのが相当であり、その比較に際しては、賦存法定鉱物の種類、品位、掘採、探鉱の実情等と採石の目的、用途、土地利用の実情等を考慮すべきである。

そこで、右観点に立つて本件をみると、<証拠>によると、

(一)  近年建設事業の急速な膨脹に伴い骨材の需要度は飛躍的に増大する傾向にあつて、従来骨材の大部分を占めていた河川砂利資源は治山、治水事業の進展と共に枯渇の一途を辿つており、そのため今後における骨材の供給源は、河川地帯から山および海岸地帯に移りその地域の砂利もしくは砕石に主として依存せざるを得ない事情に推移しているところ、本件係争区域を含む熊本県玉名郡菊水町およびその近辺地方は、いわゆる小岱山およびその周辺の風化花崗岩層に真砂土が多量に賦存しているため、細骨材や路床用真砂の供給地として最近注目を浴びるに至り一部には細骨材プラントとして企業化されている。

他方、右地方にはけい石、長石等も鉱脈として存するため、これらの鉱物掘採を目的とする鉱業稼行の対象ともなつているが、その精製は未だ十分に企業化されるに至つていない。

そのため、右地方は建設資材業者の採土と鉱業権者の試掘権とが競合し、その利害が対立していたが、道路公団施工の九州縦貫高速道路のコースが右地方を縦断して設定され、その建設工事がいよいよ本工事にかゝり、路床用真砂の需要量が巨大なものとなつてきたため、右両者の対立も激化するに至つた。

ところで、現地の菊水町では、右地方が試掘権の対象として長く放置される(試掘権の存続期間は登録の日から二年間となつているが、試掘権者の申請によつて二回二年宛延長することができる。鉱業法第一八条参照。)ときは、推進中の農業基盤改善事業(整地のうえ桑園造成)および企画中の右高速道路沿いの町営工場団地造成事業の支障になるとして、鉱業権の出願に対しては反対の立場をとつているが、採石業者の採土については採土作業と整地工事とを組合せることによりプラスする面があるとして、これを条件付で支持している傾向にあること、

(二)  本件の当事者間に採石法第三四条による協議の成立または通産局長の決定はなされていないこと、

(三)(1)  本件係争区域内に賦存する法定鉱物であるけい石は、基準品位を越えるものもあるが、基準品位に達しないものもあつて必ずしも高品位のものとはいえず、長石は我が国の採掘量は国内需要に足らず輸入に俟つている現状ではあるが、本件係争区域内に半花崗岩(アプライト)として賦存する長石も高品位のものとはいえず、その掘採は企業的に必ずしも有望とはいゝ難いこと。

(2)  控訴人の本件試掘権の期間はすでに二回延長されて昭和四八年三月までとなつているのに、控訴人は本件鉱区内の土地の所有権も使用権も取得しておらず、本件鉱区について、その登録後法定の六箇月以内に事業に着手しておらず(鉱業法第六二条第一項参照。)、鉱業実施の基本計画である施業案も通産局長に届出ていず(同法第六三条参照。)また、試掘進行の程度を明らかにする試掘工程表も作成していない(同法第六九条参照。)こと、

(3)  もつとも、控訴人は本件鉱区から約二粁離れたところに法定鉱物をけい石、長石とする熊本県試掘権登録第七四九二号の試掘権を有し、これについては昭和四三年五月二日付の通産局長の受理通知を受けた施業案を提出し、右鉱区内に機械設備を設けてはいるが、その機械設備は土砂から骨材用の砂利を選別する機械であつて、その機械から出る泥水による公害の処理に手間取つたこともあつて、けい石、長石を選別する機械は発注もしていず、しかも、右の選別されたけい石、長石を含む砂利をセメント用骨材として他に販売している有様であること、

(4)  また、控訴人は、本件仮処分決定前本件鉱区の土砂をセメント用骨材として採取販売する権利を島田広秋に有償譲渡したり、右島田において被控訴人に対し本件係争区域からの土砂の採取について一立方米当り二五円の権利金を要求していること、

(四)(1)  他方、被控訴人は、昭和四四年五月頃道路公団から九州縦貫高速道路の施工を請負つている株式会社大林組および株式会社青木建設(旧ブルドーザー工業株式会社)からその路床用真砂の納入(大林組には一九万九、一九〇立方米、金額金九、五六一万一、二〇〇円、青木建設には一七万二、六五二立方米、金額金八、二八七万二、九七〇円)を請負い、本件仮処分決定時まで本件係争区域内で真砂を採取搬出していたが、右路床用真砂については、道路公団係員立会の上大林組および青木建設の試験委員が材料検査を行い右公団係員の承認を得て合否をきめ、道路公団がその採取場を指定するもので採石業者において自由に選択することはできない建前となつており、右高速道路植木地区の路床用には本件係争区域から採取する真砂をもつてあてるよう指定されていたため、本件仮処分決定により被控訴人はその採取場を失う結果となり、その後は辛うじて土質を同じくする近傍の代替地から真砂を採取して納入し急場をしのいでいたこと、そして、現在においては右高速道路の本件仮処分決定当時施工していた地区は完成したが、その南北側の工事が進められていること。

(2)  控訴人の土砂採取によつて土地所有者がその土地を桑園に造成することになつていること

を認めることができる。

右認定の諸事実と比較考慮すると、控訴人が被控訴人より社会的有用性ないし公益貢献度が優れているとはいゝ難い。

五したがつて、控訴人の本件仮処分申請は、その被保全権利を欠くもので、その必要性について判断するまでもなく失当である。

そこで、これと同趣旨の原判決は正当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(内田八朔 矢頭直哉 藤島利行)

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